今求められるリーダーシップ、田中角栄という「天才」
田中角栄と聞いてまず思い出すのは?
その当時を知っている方でしょうか。
私と同じ世代かもしれませんね。
だめよだめよだめなのよ~!!…。
吉本新喜劇は、麻薬です。
田中角栄について書かれたノンフィクション小説ですが、田中角栄の一人称で書かれています。
非常にうまく書かれており、まるで本人が語りを聞いているかのような気になってしまいます。
読んでいると、「あれ、これ自伝ではないんだよね?」となるくらい。
流石は作家、石原慎太郎です。
最後、終わり方も一人称ならでは。
是非読んでみてください。
昨年から、田中角栄の本や番組をよく見かけますよね。
なぜ今田中角栄かというと、今年、2018年が田中角栄の生誕100周年だから。
総理大臣とはいえ、一政治家の生誕100周年で本や番組が作られるなんて、ちょっと考えられないですよね。
でも、それだけのことを成し遂げた総理大臣だったということ。
大きな功績をふたつ、挙げてみましょう。
日中国交正常化、これは当時大きな衝撃だったようです。
今の米朝会談よりも驚きだったかもしれません。
当時まだ、米中にすら国交はありませんでした。
なぜなら、1949年に中華民国政府は台湾へ逃れ、資本主義と対立する社会主義国家である中華人民共和国が成立したからです。
アメリカは台湾へ逃れた中華民国と国交を継続し、大陸側とは1979年まで国交を結びませんでした。
そんな中、アメリカの同盟国である日本が、しかも日中戦争で直接ドンパチしたもの同士が、アメリカに先んじて国交を正常化させてしまったのですから、ビックリですよね。
これが1972年、なんと総理大臣就任から2か月後のこと。
ちなみに、日中戦争時の中国と言えば蒋介石の中国国民党、中華民国です。
ただし、日中戦争では、対日抗戦の為に国民党と毛沢東の共産党が国共合作ということで、共同戦線を張っていました。
それから、自らの日本列島改造論に基づき、新幹線、高速道路、各県の飛行場、これらを作ることを計画したのが田中角栄です。
これらは角栄退陣後も受け継がれてきた大事業です。
彼がいなければ、このような計画がスタートしたのももっと先だったでしょう。
今の便利な交通網があるのも、田中角栄の功績です。
また、実績・功績というわけではありませんが、大学卒ばかりの総理大臣の中、唯一の専門学校卒の総理大臣が、田中角栄なのです。
専門学校卒業ということは、高校も出ているのか、とお思いでしょうが、そうではありません。
新潟の中学を卒業後、働きながら入学、卒業したのが専門学校である中央工学校の夜間部なのです。
本当に、どこの学校を出ただなんていうことはちっぽけな基準だと痛感しますね。
まさに今太閤と呼ばれるにふさわしい。
では、勉強はあまりできなかったのかと言われれば、全くそんなことはありません。
なんと、一級建築士でもあるのですから。
ここのところ、これだけはっきりとした実績を示せる政治家は、日本にはいません。
もちろん、どの総理大臣にも在任中の目玉となる政策や法案成立などがあるでしょうが、なんというか、こじんまりとしてますよね。
田中角栄が生誕100周年でブームになるのも、今太閤ならぬ今角栄が出てくるのを、世の中が期待しているからかもしれませんね。
もちろん、総理大臣だけでなく、地方でも、企業でも、この不確実な現代の先を明るく照らしてくれるリーダーが待望されています。
田中角栄についての本は、他にも何冊も出ております。
皆さまも是非、読んでみてはいかがでしょうか。
私はこれの他に2冊購入しました。
まだ読んでいませんが、またいずれ紹介出来たらと思います。
今日はここまで、それではまた。